Zuva’s redflag startups: 電気飛行機開発のLilium社破綻から学ぶ、ディープテック・スタートアップの教訓
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Zuva’s red flag startupsは、かつて注目されていたスタートアップのその後についてZUVAアナリストが解説するコーナーです。”red flag”とは英語で「注意を喚起するサイン」であり、注目された後に音沙汰がなくなったスタートアップや大きくピボットしたスタートアップなどを紹介していきます。
近年気候変動への懸念が高まる中、自動車産業では電動化の波が急速に広がりを見せている。その流れは航空機産業にも及び、各国で電気飛行機の開発が活発化している。一方で、2025年の大阪万博で当初予定されていた丸紅社、スカイドライブ社による電動飛行機の商用飛行が断念されるなど、暗いニュースも取り沙汰されている。
今回は、電動航空機開発に挑む様々なスタートアップの内、ドイツのスタートアップ企業Lilium社の事例から、ディープテック領域における新規参入の難しさと教訓を探る。
【企業名】:Lilium
【地域】:Gauting, Bayern, Germany
【設立年】:2015/01/01
【累計資金調達額】:$1.35B
【直近ステージ】:Post-IPO Equity
【主な投資家】:Tencent, Honeywell, Atomico
【URL】:https://lilium.com/
(画像参照:https://techblitz.com/startup-interview/lilium/)
(画像参照:https://inspenet.com/en/noticias/lilium-electric-plane-with-vertical-take-off/)
Lilium社は2015年、ミュンヘン工科大学の学生であったダニエル・ヴィーガンド氏ら4名によって設立された。
同社が掲げたビジョンは「持続可能で誰もが利用できる高速移動手段の創造」。その中核となる製品が、電動式垂直離着陸機(eVTOL)「Lilium Jet」である。Lilium Jetは、6人乗りの電動航空機で、最高速度約248km/h、航続距離約175kmを誇る。特筆すべきは垂直離着陸能力を持つことで、これにより広大な空港施設を必要とせず、都市部にも離着陸場を設置できる利点がある。
同機の革新性は技術面でも際立っていた。30基の電動モーターが翼とカナード(前翼)に統合された独自の設計を採用。さらに、通常の商用航空機と比べて部品点数を30分の1に抑えることで、製造効率の向上と量産化の容易さを追求した。将来的には16人乗り機の開発も視野に入れていた。製造・運用体制の構築も着実に進めていた。日本の東レ社が機体の主要構造向けに炭素繊維複合材を、Aciturri社が機体と翼システムを提供。パイロットの育成についてはルフトハンザ航空トレーニングと提携。さらに、Ferrovial社およびTavistock Development社と協力し、欧州全域で14カ所の離着陸場(バーチポート)の建設・運営を計画していた。
ビジネスモデルは、1機250万ドルでの航空機販売に加え、運航サービスからの収入も見込んでいた。1機あたり年間500万ドルの収益を見込み、2025年までに空飛ぶタクシーサービスの開始、2027年までに1,000機の運航、3万枚のチケット販売という野心的な目標を掲げていた。受注も順調に推移し、サウジアラビア航空から50機の確定発注を含む、合計780機の受注残を確保していた。
さらに、株主構成も強固に見えた。中国のTenscent、データ分析のPalantir、航空機器大手のHoneywell社といった有力企業が名を連ねており、2021年のSPAC(特別買収目的会社)による上場時には、既存投資家全員が株式を保有し続けることを約束していた。しかし2023年10月24日、同社は衝撃的な発表を行う。主要子会社2社について破産手続きを申請したのである。この発表を受け、NASDAQは11月5日付で上場廃止を決定した。設立からわずか8年での破綻である。
破綻の直接的な引き金となったのは、ドイツ政府による5,000万ユーロの融資保証の拒否だった。この決定は、同社の技術的実現可能性と事業計画の現実性に対する政府の懸念を如実に表していた。実際、この時点で同社は設立以来約15億ユーロもの資金を費やしていたにもかかわらず、商用機の実現にはまだ遠い状況にあった。また、技術開発の遅れも深刻だった。2022年に予定されていた飛行テストは技術的な課題により何度も延期を余儀なくされた。当初2026年とされていた安全認証取得についても、競合のJoby AviationやArcher Aviationと比べてテスト飛行実績が少ないことが影響し、その実現性に疑問が投げかけられていた。
加えて、競合との比較は厳しいものだった。Joby Aviationは4人乗り機でありながら、一回の充電で240kmの飛行が可能。Archer Aviationは航続距離で劣るものの、すでに多くの飛行テストを実施していた。Liliumは革新的な技術を追求する一方で、実証面での遅れが目立っていた。さらには、資金調達の戦略にも課題があった。同社は2021年のSPACによる上場で大型の資金調達に成功したものの、その後の継続的な資金調達に苦心していた。開発費用の増大と収益化の遅れにより、キャッシュバーンレート(資金消費率)は予想を大きく上回っていた。この事例から、複数の重要な教訓を読み取ることができる。
第一に、ディープテック領域での事業展開においては、技術開発と事業化のバランスが極めて重要となる。Lilium社の場合、革新的な技術開発を追求する一方で、段階的な実証プロセスが不十分だった可能性がある。
第二に、航空機産業特有の認証プロセスへの理解と対応が不可欠だ。特に電動航空機という新領域では、従来の認証基準がそのまま適用できない場合も多く、規制当局との緊密なコミュニケーションが求められる。
第三に、資金調達戦略の重要性が挙げられる。ディープテックのような研究開発型スタートアップの場合、開発の各段階で必要となる資金規模は大きく変動する。そのため、技術的なマイルストーンと資金調達のタイミングを慎重に設計する必要がある。特にSPACによる上場後は、継続的な資金調達手段の確保が重要となる。さらに、経営陣には高い技術的理解力と市場への現実的な見通しが求められる。スタートアップ特有の「スピード感」や「革新性」は重要だが、それが過度な楽観主義や独善的な判断につながってはならない。特に航空機産業のような規制産業では、なおさら現実的な開発タイムラインの設定が不可欠となる。
Lilium社の事例は、新技術の社会実装には野心的なビジョンと現実的な実行計画のバランスが不可欠であることを示している。また、投資家や市場の期待に応えようとするあまり、現場の技術的課題を軽視することの危険性も明らかにした。これらの教訓は、今後のディープテック・スタートアップの経営において、重要な示唆を与えるものといえるだろう。
(参照)
https://www.asahi.com/articles/ASS9V33CKS9VOXIE00LM.html
https://www.flightglobal.com/aerospace/lilium-faces-insolvency-as-cash-crisis-deepens/160453.article
https://www.forex.com/en/news-and-analysis/lilium-spac-ipo/
https://www.cardesignnews.com/cars/lilium-jet-designing-the-first-of-its-kind/44137.article