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Zuva’s redflag startups: BaaSの可能性と挑戦 – Synapse社の盛衰から学ぶ金融イノベーションの真髄

Zuva’s red flag startupsは、かつて注目されていたスタートアップのその後についてZUVAアナリストが解説するコーナーです。”red flag”とは英語で「注意を喚起するサイン」であり、注目された後に音沙汰がなくなったスタートアップや大きくピボットしたスタートアップなどを紹介していきます。


デジタル技術の進化により、金融サービスの形が劇的に変わりつつある。従来ライセンスを保有する金融機関が提供してきた銀行機能や金融サービスを、APIを利用して様々な企業が自社のサービスに組み込む仕組みは近年Banking as a Service(BaaS)と呼ばれるようになり、大きな注目を集めている。日本でも、PayPay銀行に代表されるように、テクノロジー企業が金融サービスに本格参入する動きが加速している。

一方で、BaaSの先進国である米国では、かつて成長企業として脚光を浴びたスタートアップが突如破綻するという衝撃的な出来事が起きた。2024年4月、フィンテック業界に大きな波紋を投げかけたSynapse Financial Technologies(以下Synapse社)の破産は、金融テクノロジーの脆弱性を浮き彫りにしたのだ。

本記事ではSyapse社の事例を取り上げ、BaaSをはじめとする今後の金融業界について探っていく。

【企業名】:Synapse Financial Technologies
【地域】:San Francisco, California, United States
【設立年】:2014/04/14
【累計資金調達額】:$50.7M
【直近ステージ】:Series B
【主な投資家】:Andreessen Horowitz, Core Innovation Capital, Trinity Ventures

【URL】https://help.synapsefi.com/hc/en-us
(画像参照)https://techcrunch.com/2019/06/07/synapse-raises-33m/

Synapse社を2014年に創業したSankaet Pathak氏は、米国の大学に移住してきたインド出身の学生だった。地元の銀行との取引において、口座開設から支払い、デビットカード受け取りまでのすべての手続きが対面で行われ、アナログかつ面倒な手続きの連続に直面した。

Pathak氏の起業目的は明快だった。従来の硬直的な銀行システムの壁を打ち破り、テクノロジーを活用して金融サービスをより簡単にアクセスできるものにすることだ。Synapseは、新しい銀行や金融サービスを構築しようとする企業を支援するプラットフォームとして成長し、フィンテック業界で大きな存在感を示すようになった。

Synapseのビジネスモデルの特徴は、銀行システムと非金融事業を接続する役割を担っている点だ。端的には非金融事業者がフィンテック的なサービスを簡単に提供できるような支援をしていたのだ。同社は高い技術力を背景に急速な成長を遂げ、フィンテック業界から注目を浴びていた。

特に他社との差別化を実現できた背景として、包括的なBaaSプラットフォームをいち早く市場に提供したことが挙げられる。カスタマイズ可能な幅広い預金、クレジット、暗号化ソリューションを単一の統一プラットフォーム上で提供し、顧客は手軽に多様な金融商品を立ち上げることができた点が画期的だったのだ。

しかし、2024年4月にSynapseは突如破産を申告することとなる。破産申請時の状況は極めて深刻で、法律事務所の報告によれば、6500万ドルから9500万ドルもの資金不足が発生し、顧客の資金アクセスにすら深刻な支障をきたしたのである。先述の同社のビジネスモデルの特徴から、同社の破綻は単なる一企業の失敗ではなく、フィンテック業界全体に突き付けられた重大な警告となった。

破綻の根本原因は、極めて複雑な口座管理システムにあった。Synapseは、異なる銀行間での資金移動を容易にするモジュラーバンキング戦略を推進。パートナー銀行が全体の預金基盤のどの程度を保有しているかを曖昧にする戦略を取っていたのである。さらに、一部のフィンテック企業の承認を得ずに資金を移動させるなど、極めて無謀な運営が明らかになった。

トラウトマン・ペッパー法律事務所の報告書は、Synapseの失敗を大きく三つの観点から分析している。一つ目は2024年4月22日の破産申請後、わずか20日足らずの5月11日には、4つのパートナー銀行がSynapseのミドルウェアプロバイダーの記録にアクセスできなくなった。2億1900万ドルの委託口座のうち、1億6500万ドル(75%)は顧客に分配されたものの、5400万ドル(25%)が未解決のまま残された。

二点目に規制上の問題も深刻だった。パートナー銀行のEvolve Bank & TrustとLineage Bankは、それぞれ連邦準備制度理事会と連邦預金保険公社から是正命令を受けている。これらの命令は、ガバナンスや資金洗浄防止に関する重大な問題点を指摘するものだった。

そして三点目に人材面でも致命的な欠陥が存在した。フィンテック企業の市場投入スピードが、コンプライアンス要件と衝突していたのである。リスク管理と銀行監督に関する深い専門知識を持つリーダーシップの欠如、十分な訓練プログラムの不足が、Synapseの崩壊を加速させた。

Synapseの事例は、フィンテックと銀行の協業における根本的な課題を浮き彫りにした。特に重要な教訓として以下の点が挙げられる。

まず第一に、パートナーシップ契約では、それぞれの役割と責任を明確に定義する必要がある。銀行はフィンテックパートナーの活動を監視する堅牢な仕組みを確保し、報告頻度と範囲、定期的な監査、パフォーマンス評価の基準を具体的に規定すべきだ。

第二に、口座管理の透明性確保も極めて重要である。顧客の資金、運営費、第三者への支払い、予備費、ネットワーク決済を明確に区別できる別個の口座の設置が求められるだろう。

Synapseの事例は、BaaSが単なる技術的な挑戦ではなく、複雑な金融エコシステムの再設計であることを示している。失敗を恐れず挑戦しつつ、同時に顧客の信頼と資金の安全を最優先する。この微妙なバランス感覚が、これからのフィンテック企業に求められる最も重要な資質と言えるだろう。

PayPay銀行の田鎖社長が図らずもインタビュー記事で述べているが、今後は技術革新と法令遵守のバランスを保ちながら顧客本位のサービスを追求することが、BaaSビジネスの成功の鍵となると言える。今回のSynapseの教訓は、その道のりがいかに挑戦的で、同時にエキサイティングであるかを私たちに示してくれている。破綻という苦い経験を通じて、業界はより成熟し、顧客保護を重視する方向へと進化を遂げようとしているのだ。

(出典)
https://www.lycorp.co.jp/ja/story/20240530/ppb.html
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01115/050900062
https://a16z.com/founding-stories-synapse
https://www.bankingdive.com/news/5-lessons-learned-from-synapses-collapse/731543

Zuva Nicole

幼少期をデンマークと韓国にて過ごし、慶應義塾大学にて学士、ジュネーブ国際開発高等研究所にて修士。 世界最大の起業家支援ネットワークであるEndeavor Japanにて国内外のVCやスタートアップの調査業務に従事後、在欧州大使館にて日本企業支援を担当。150万社の先端的な技術を持つ企業データを保有する日本発スタートアップZUVAでは調査業務の他、パートナーシップデベロップメントやPR業務の統括を行う。

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