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Zuva’s redflag startups: EdTechの巨人、BYJU’Sの栄枯盛衰から学ぶ教育革命の未来

Zuva’s red flag startupsは、かつて注目されていたスタートアップのその後についてZUVAアナリストが解説するコーナーです。”red flag”とは英語で「注意を喚起するサイン」であり、注目された後に音沙汰がなくなったスタートアップや大きくピボットしたスタートアップなどを紹介していきます。


デジタル化の波が教育界を大きく揺さぶっている。黒板とチョークを象徴とする伝統的な教室風景は、今や急速に様変わりしつつある。スマートフォンやタブレット、人工知能(AI)といった最先端テクノロジーが教育現場に浸透し、時間と場所の制約を超えた学習環境が現実のものとなりつつある。その変革の中心に位置するのが「EdTech(エドテック)」だ。そして、EdTechの急成長は、インドのスタートアップ企業であるBYJU’Sの躍進と共に語られるべきだろう。BYJU’Sは、2015年にAI技術を先駆けて取り入れ、コロナ禍で対面授業ができなくなった時勢を背景に、急成長を遂げた。一方で、その後の展開には大きな課題も生じている。本記事ではBYJU’SをはじめとするEdTechがもたらす教育の未来と、急速な技術革新の中で成長とガバナンスのバランスを取る難しさを掘り下げていく。

改めて、EdTechとはEducation(教育)とTechnology(技術)を融合させた造語であり、その本質はテクノロジーの力を借りて教育の質を飛躍的に向上させ、個々の学習者に最適化された学びの機会を提供することにある。業界アナリストの間では、EdTech市場の成長性に対する期待が高まっている。調査会社HolonIQの予測によれば、世界のEdTech市場規模は2025年までに404億ドルに達するという。この数字は、教育のデジタル化が単なる一過性のブームではなく、グローバルな潮流として確立されつつあることを如実に物語っている。

EdTechの歴史を紐解くと、その起源は1960年代にまで遡る。コンピューターを活用した教育支援システム(CAI:Computer-Assisted Instruction)の開発が始まったのがこの時期だ。その後、パーソナルコンピューターの普及と歩調を合わせるように教育ソフトウェアの開発が進展。2000年代に入ると、インターネットの爆発的な普及を背景に、オンライン学習プラットフォームが次々と誕生した。MOOCs(Massive Open Online Courses)に代表される新しい学習形態が登場したのもこの頃である。2010年代には、スマートフォンとタブレットの普及を追い風に、EdTech業界は急速な拡大期を迎えた。

この新興産業の中で、世界的な注目を集めるまでに成長したのが、インドのスタートアップ企業BYJU’Sだ。2011年に創業者Byju Raveendranによって設立されたBYJU’Sは、当初は対面式授業やビデオ講義を主軸としていたが、2015年にスマートフォンアプリをリリースし、その中でいち早くAI技術を導入したことが急成長の一因となった。AIを活用して個別最適化された学習プランを提供し、ゲーミフィケーションやリアルタイムのフィードバックシステムで学習者のモチベーションを高めたことで成功を収めた。

【企業名】:BYJU’S
【地域】:Bangalore, Karnataka, India
【設立年】:2011/11/30
【累計資金調達額】:$6.31B
【直近ステージ】:Private Equity Round
【主な投資家】:UBS, Owl Ventures, Tencent, Aarin Capital
【URL】:https://byjus.com/
(画像参照:https://www.outlookbusiness.com/start-up/explainers/byjus-legal-and-financial-woes-what-it-means-for-indias-education-system

しかし、早期にAI技術を導入したにもかかわらず、BYJU’Sはその後の運営において失敗を犯すこととなった。急速に成長する中でAIの可能性を最大限に引き出せなかったことが、後の課題に繋がったのだ。特に、AI導入に伴う莫大なリソースの投入と、それに見合う収益性の確保に苦戦し、組織全体の統合に歪みが生じた。

BYJU’Sの成功を支えた要因として、独自の学習アルゴリズムの存在が挙げられる。AIを駆使した個別最適化された学習プラン、ゲーミフィケーションを取り入れた魅力的な学習体験、リアルタイムでのフィードバックシステムなど、先進的な技術を総動員することで学習者のモチベーション維持に成功した。2018年にはインドのユニコーン企業の仲間入りを果たし、翌2019年にはディズニーとの提携によりコンテンツの更なる充実を図った。2020年に世界を襲ったコロナ禍では、オンライン学習需要の急増を追い風に、ユーザー数と売上を大幅に伸ばした。

しかし、2021年後半から成長に陰りが見え始め、2022年には深刻な経営危機に直面することとなる。2022年から2023年にかけて10,000人以上の大規模なレイオフを実施し、さらには主要投資家であるプロサス(旧ナスパーズ)が取締役会から退任するなど、経営体制の動揺も顕在化した。そして、BYJU’Sの米国ユニットAlphaは、今年の2月にデラウェア州の裁判所で破産手続きを申請した。

BYJU’Sが直面した困難の背景には、主に3つの要因が存在すると考えられる。第一に、過度な拡大戦略が挙げられる。2021年には、EpicやGreat Learning、Aakash Educational Servicesなど、数億ドル規模の企業を矢継ぎ早に買収したものの、その統合プロセスが買収のスピードに追いつかず、企業文化の融和に課題を残した可能性が高い。

第二の要因は、財務の不透明性だ。決算報告の度重なる遅延や監査法人との対立により、投資家からの信頼を大きく損ねることとなった。2021年度の財務報告は実に18ヶ月もの遅延を記録し、主要投資家であるプロセスが公に懸念を表明する事態に発展。さらに、監査法人Deloitteが収益認識方法に疑問を呈し、財務諸表への署名を拒否するという前代未聞の事態も発生した。

第三の要因としては、規制環境の変化が挙げられる。2022年、インド政府はEdTech企業に対する新たな規制案を発表。誇大広告の禁止や返金ポリシーの明確化、データプライバシーの強化などを求めた。これにより、BYJU’Sは従来のマーケティング戦略やビジネスモデルの抜本的な見直しを迫られることとなった。

BYJU’Sの事例は、テクノロジーと教育の融合がもたらす可能性と課題を如実に示している。革新的な技術の活用は教育の可能性を大きく広げる一方で、急速な成長に伴うガバナンスの課題や、教育の本質的価値との調和など、乗り越えるべき壁も少なくない。

今後のEdTech企業には、革新的な技術を駆使しつつも、教育の本質的な価値を見失わない姿勢が求められる。学びの本質を大切にしながら、テクノロジーの力を最大限に引き出す。このバランスこそが、次世代のEdTech企業の成功を左右し、真の意味での教育革命につながるのではないだろうか。

(参照)
https://www.business-standard.com/companies/news/byju-s-in-talks-with-3-4-strategic-buyers-to-sell-epic-for-450-million-123110601042_1.html
https://economictimes.indiatimes.com/tech/startups/byjus-acquires-us-edtech-firm-epic-in-500-million-deal/articleshow/84612454.cms
https://www.holoniq.com/notes/global-education-technology-market-to-reach-404b-by-2025

Zuva Nicole

幼少期をデンマークと韓国にて過ごし、慶應義塾大学にて学士、ジュネーブ国際開発高等研究所にて修士。 世界最大の起業家支援ネットワークであるEndeavor Japanにて国内外のVCやスタートアップの調査業務に従事後、在欧州大使館にて日本企業支援を担当。150万社の先端的な技術を持つ企業データを保有する日本発スタートアップZUVAでは調査業務の他、パートナーシップデベロップメントやPR業務の統括を行う。

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