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Zuva’s redflag startups: 最新技術が法廷闘争に敗れた瞬間:BIOMILQ社から学ぶ知財管理の教訓

Zuva’s red flag startupsは、かつて注目されていたスタートアップのその後についてZUVAアナリストが解説するコーナーです。”red flag”とは英語で「注意を喚起するサイン」であり、注目された後に音沙汰がなくなったスタートアップや大きくピボットしたスタートアップなどを紹介していきます。


スタートアップの世界で生き残ることは容易ではない。革新的なアイデアと優れた技術を持っていても、資金調達の失敗、市場からの拒絶、経営陣の不和など、様々な理由でその道半ばにして姿を消していく企業は無数にある。数多くの失敗例の中でも、今回紹介するBIOMILQ社の事例は、技術的な革新が評価されたにもかかわらず、知的財産を巡る法的争いという思いがけない落とし穴により、最終的に破産に追い込まれたという、珍しくも示唆に富む事例である。

【企業名】:BIOMILQ
【地域】:Durham, North Carolina, United States
【設立年】:2020/01/01
【累計資金調達額】:$24.5M
【直近ステージ】:Series A
【主な投資家】:Breakthrough Energy Ventures, Novo Holdings, Blue Horizon Corporation
【URL】:https://www.biomilq.com/

(画像参照)https://edition.cnn.com/2022/05/03/business/lab-grown-human-milk-biomilq-health-climate-hnk-spc-intl/index.html

BIOMILQ社の歩みは、創業者であるリーラ・ストリックランドCEOの個人的な体験に端を発する。2009年、彼女自身が抱えた授乳の困難さと、細胞培養を通じた人体の研究活動の中で、母乳を体外で作り出すという革新的なアイデアをひらめいた。2020年初頭、食品科学者のミシェル・エッガー氏と協力しながら同社は設立され、わずか半年足らずで、ビル・ゲイツやジェフ・ベゾスらが立ち上げたBreakthrough Energy Venturesを筆頭とする有力投資家から350万ドルのシード資金を調達することに成功した。続く2021年には、さらに2100万ドル規模の資金調達を実施し、母乳を生み出す細胞の改良に向けた研究や生産施設の拡大に資金を投入した。さらに2022年には、倫理委員会の承認を受けた研究を通して、300名以上の女性から提供された母乳をもとに世界最高水準の生産効率を誇る独自の「母乳製造細胞バンク」を完成させるなど、その技術力と実績は市場や投資家から高く評価された。

BIOMILQ社が注目を浴びた技術的な強みは、従来は製造が難しいとされていた、母乳に含まれる複雑な糖類成分を、実際の母乳を作る細胞を用いることで大量生産できるようにした点にある。また、同社は母乳に含まれる人乳オリゴ糖(=赤ちゃんの成長や健康に良い影響を与えるさまざまな成分)の製造にも挑戦した。これらの成分は従来の方法では製造することが非常に難しかったが、同社は細胞内部の代謝の仕組みを活用するという手法を取り入れ、生産効率の飛躍的な向上を実現した。これらの同社の技術は、低出生体重児の健康維持に寄与すると期待される母乳由来の糖類成分の生産も可能にし、医療現場における新たな治療の可能性を秘めていると医薬業界からも大いに期待された。これらの研究開発の結果として、同社は競争力のある特許を5件取得し、さらに38件もの特許出願を行うなど、技術面での独自性を確固たるものとした。こうした成果により、同社はシリーズAにして総額2450万ドルという巨額の資金を引き出し、市場内外で将来性の高い革新企業として大いに注目された。

しかしながら、BIOMILQ社の未来を輝かせるかに見えたその技術と資金調達の成功の背後には、決定的な転機となる法的リスクが潜んでいた。設立当初から、同社の中核技術や成果をめぐる知的財産の取り扱いに、創業者同士の間で不明確な点があったのだ。ストリックランドCEOの元夫であり、かつては共同研究に関わっていたシェイン・ギリアーノ氏は、自身が過去に所属していた研究機関での経験を根拠に、同社の技術に対する自らの貢献を強く主張し始めた。2022年初頭、同社は、ギリアーノ氏がストリックランドCEOの自宅に無断で侵入し、重要な研究資料の写真を撮影するなど、企業の極秘情報を不正に入手したとして、厳しい非難の声を上げた。これに対し、ギリアーノ氏は、自身が発明に関して果たした役割や、婚姻関係に基づく権利を根拠に、複数の裁判所で自分の立場を主張する訴訟を展開。離婚が成立した後も、その法的争いは解決の兆しを見せることなく、特許全体に対する権利の所在が不透明なままとなった。

こうした知的財産を巡る複雑な法廷闘争は、投資家や買収を検討する企業に対して「資金投入ができない」「買収先として魅力がない」という強い印象を与え、BIOMILQ社の資金調達や事業拡大に大きな障害となった。実際に2024年を通じた追加資金の調達試みは、訴訟問題により次第に難航し、最終的には2025年初頭に裁判所に対して破産手続きを申請するに至った。激しい法廷闘争の中、双方で12時間にも及ぶ調停セッションが行われたものの、いずれも決定的な解決策を得ることはできず、企業としての存続は叶わなかった。これにより先進的な技術や将来への期待が、法的リスクの重圧の前に脆く崩れ去る現実が露呈した。

BIOMILQ社の破綻から得られる教訓は、経営者や起業家にとって極めて重い意味を持つだろう。まず、いかなる先端技術であっても、その根幹をなす知的財産の管理や権利関係の整理が不十分であれば、企業全体の成長や存続に甚大な影響を与える危険性があるという現実を認識しなければならない。創業初期において共同研究や発明に関与した関係者間で、技術や成果の取り扱いについて明確な合意を形成することは、後々の法的トラブルを未然に防ぐために必要不可欠である。また、企業が事業を拡大し外部の資金やパートナーシップを求める際には、法務体制を早期に整備し専門家の助言を受けながら権利関係を厳格に管理することが、信頼の確保と持続的成長の鍵となる。さらに、今回の事例は個人的な背景や人間関係が技術革新の現場にどのような影響を及ぼすかという、スタートアップ特有のリスクをも浮き彫りにしている。今後、スタートアップが真に持続可能な成長を遂げるためには、革新的なビジネスモデルや高い技術力だけでなく、法的リスクへの万全な備えが必要であると、この事例は我々に深い教訓を残している。

(出典)
https://www.biomilq.com/about
https://agfundernews.com/biomilq-files-for-bankruptcy-amid-ip-dispute-that-made-it-uninvestable-and-unacquirable?ck_subscriber_id=2293511424&utm_source=convertkit&utm_medium=email&utm_campaign=BIOMILQ%20files%20for%20bankruptcy,%20Edacious%20shines%20light%20on%20nutrient%20density,%20Perfect%20Day%20seeks%20new%20CEO,%20Bonsai%20bags%20$15m%20for%20ag%20robotics%20%20-%2016532525
https://www.ift.org/news-and-publications/food-technology-magazine/issues/2021/december/columns/startups-and-innovators-innovations-biomilq

Zuva Nicole

幼少期をデンマークと韓国にて過ごし、慶應義塾大学にて学士、ジュネーブ国際開発高等研究所にて修士。 世界最大の起業家支援ネットワークであるEndeavor Japanにて国内外のVCやスタートアップの調査業務に従事後、在欧州大使館にて日本企業支援を担当。150万社の先端的な技術を持つ企業データを保有する日本発スタートアップZUVAでは調査業務の他、パートナーシップデベロップメントやPR業務の統括を行う。

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